learn japanese の力
自著をいくつか紹介したあと、「一五〇年前に砂糖産業を始めた農園主たちの広壮な邸宅がシライ市に保存され、博物館になっているからぜひ見るように」と薦める。
「そんな抑圧者の邸宅街など見たくもない」といい張るEさんをなだめ、これもネグロス社会史の一部だから見ておこうと連れていってもらう。
一〇ペソの入場料を払って見学する。
二階に同じサイズの寝室が数個もある、趣味の悪い邸宅だった。
その夜、前日着いたH社長やアジア太平洋資料センターの代表であるMさんも加わって、NGOとNPOの連帯の会議が開かれた。
参加者と話しているうちに、英語の通じない一群の人たちに気づいた。
それがNPOのリーダーたちである。
下手な英語でも気にならない時代が来れば、NGOとNPOの違いも少なくなりネグロス自立への一歩前進ではなかろうか。
近年、タイ経済は年率一〇%をこえる、めざましい高度成長を遂げた。
当分のあいだ、東南アジアでは経済発展の優等生とみなされるに違いない。
バンコクは、その高度成長の中心である。
日本から洪水のように押し寄せた企業進出も、バンコク近郊に多い。
首都圏とそれ以外の地域とのあいだには、社会経済的な格差がきわめて大きい。
そのため、東北地方などから、挙家離村して移住する人口流人か続いている。
タイの都市人口のうち、六九%がバンコク住民である(一九九〇年)。
アジアでも珍しいくらい、一極集中型の都市化が進んでいるのである。
高層ビルが立ち並び、高級ホテルの新築や改築が続いている。
都心にキャンパスをもつチュラロンコーン大学近くの商店街や歓楽街も、訪ねるたびに賑やかになった印象を受ける。
宅地造成がおこなわれている郊外の団地では、日本の分譲住宅よりひとまわりもふたまわりも大きな高級住宅が、次つぎに売れているそうである。
他方バンコク名物であった低湿地のスラムの改良事業も、政府や民間団体によって積極的におこなわれている。
ゴミ処理場の施設も機械化された。
マニラのような「煙の山」の住宅は、ほとんどない。
しかし、巨大都市の急成長のかげで、環境問題が深刻化している。
地下水の汲み上げによって、チャオプラヤー川の河口に築かれた都市の地盤が、年々沈下しつつある。
かつての水路を埋め立て、代わりに道路を建設したところも多い。
雨期になると、その道路が水没するため、やむをえず臨時休暇になる学校や事務所も出てくる。
地価の急騰も加わって、都心の住宅街を捨てて、郊外へ引っ越す人が増えてきた。
もっと深刻なのは、急増する自動車に対応しきれない道路交通の渋滞である。
「この町で、一日に二つの事務所を訪ねるのは冒険ですよ、約束をしても守れませんよ」と、友人が忠告してくれる。
そのため今回はホテルではなく、アメリカやイギリスの大使館が置かれている地域に住む友人の家に泊めてもらった。
交通渋滞がひどいときは、バスやタクシーに乗るより、歩いたほうがましと考えたが一時間もすると、排気ガスの悪臭で気分が悪くなりそうである。
渋滞の少ない水路のボートにも乗ってみた。
二十数年前と違い、水は黒く淀み、臭気が立ち込め。
魚も住めない状態であった。
一九九一年一一月に、バンコクで世界銀行と国際通貨基金(IMF)の年次総会が開催された。
年の初めにクーデターにより政権をとった軍の幹部は、タイ経済の繁栄ぶりを世界に誇示する絶好の機会と歓迎した。
軍事政権は、不良住宅の多い都心のスラム地区が、参加者の眼にふれないようその周囲に高い塀を築いたりした。
そのうえ、会議期間は国民の臨時休日にした。
それ以外に、交通渋滞の解決策がないからである。
すべての施設をバンコクに集中させた、高度経済成長の代価である。
タイ国学術研究会議のP夫妻が、「土曜日なら交通渋滞はそんなに深刻じゃないでしょう」といって乗用車を運転して、私を市内の公的な住宅団地や、スラム地域、ゴミ処理場などへ案内してくださった。
またマニラのマカティ地区にあるような、入口で武装した警備員か部外者の立ち入りを拒む高級住宅団地も見せて下さいと所望し、ゴルフ場つきの団地に連れていっていただいた。
見事に整備された高級住宅と、そのなかにあるゴルフ場だった。
クラブハウスのレストランに入ったところ、私たちのうしろのテリフルで護衛に囲まれて昼食を取っていたのは、クーデターの主役であるスチソダ陸軍司令官だった。
美しい芝上でゴルフに興じているのは、ほとんど日本人である。
高級住宅地を在留邦人が占拠しているように、バンコクのゴルフ場は高級軍人と日本の駐在員のために作られたかのようである。
香港は、私が初めて外国旅行に出かけた都市である。
そのとき、香港島にある水上レストランで食べた海老料理を、今でも覚えている。
二五年後、中学生の息子と二人で二五年前と同じ店に行き、同じ海老料理を食べた。
レストランは改築に改築を重ね、イルミネーションに輝いている。
日本人の団体客が目立って多い。
それに台湾や韓国からの団体客が続く。
個人の観光客は後まわしにされ、何となく肩身が狭い。
今回は観光旅行だけのつもりであった。
しかし、ぜひとも相談に乗ってほしいといわれ、香港に事務局を置く「アリーナ」というアジアの社会科学者団体で意見交換に半日費やした。
そのあと「香港は一六年ぶりの寒さなので、温かいスープにしましょう」とフィリピン人の事務局長とインド人のビーナ機関誌編集長とが、ホテルの近くにあるフィリピン料理店で、昼食をご馳走してくれた。
年末の日曜日というのに、香港に出稼ぎに来ているフィリピン労働者でレストランは満席だった。
カトリック教会で礼拝したあと、数少ないフィリピン料理の店で憩う人たちである。
香港で働く十数万人のフィリピン労働者の大半は、女性だそうである。
夜の風俗産業で働く女性が多い日本への出稼ぎ労働と違って、台湾や香港では家事労働に従事するメイドさんが圧倒的に多い。
一九九七年に英国統治が終わり、中国に返還されることが決まっている香港では、海外に移住する中国人の住民が多い。
そのなかで、近隣諸国からの出稼ぎ労働者も増える一方である。
去る人、来る人の事情は異なるが、双方とも国際経済や国際政治の副産物である。
戦前のホテルは、シンガポールホテルと並ぶ、英国統治下の代表的なホテルだった。
日本軍の香港占領と同時に接収され、大東亜戦争の名をとって、「東亜ホテル」と一時期改名された。
ホテルで南方総軍の作戦が練られたように、ここでも中国戦線でのさまざまな工作が画策された。
現在でも、ホテルの格式は高く、原則として団体客はとらないといわれる。
その地下一階、地上一階、および中二階のショッピングーモールは、数十の世界的な高級ブランド店を集めている。
高級ブランド店といっても、私の知っている名前は十指におよばない。
中学生に教えてもらって感心する程度である。
私たちが訪ねたときは、日本語しか耳にできなかった。
かつて帝国軍人が閑歩した建物の一角を、現在では日本の観光客が、福沢諭吉の一万円札で支配している。
五歳ぐらいの男の子が母親の買物に連れられて来たらしく、ホテルの廊下で母親たちの口まねをして、「コレヤスイワヨ」、とくり返して叫んでいる。
福沢諭吉が生きているうちに、日本の経済力の強さを示すこの光景を目撃できたら、どんなに喜んだであろうか。
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ゴミ処理場の施設も機械化された。
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しかし、巨大都市の急成長のかげで、環境問題が深刻化している。
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かつての水路を埋め立て、代わりに道路を建設したところも多い。
雨期になると、その道路が水没するため、やむをえず臨時休暇になる学校や事務所も出てくる。
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それ以外に、交通渋滞の解決策がないからである。
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